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LEGLABO 講師ブログ  2017年9月

GPA

今日はあまり英語とは関係ない話ですがGPAについて。

 

「ああ、スマホで我が子の位置情報がわかるやつね」と思われたあなた、違います。それはGPS。

「ああ、国民総生産とかなんかそんな社会の授業で習ったやつね」と思われたあなた、違います。それはGNP。

(すみません…(-_-))

 

冗談はさておき、GPAというのは簡単に言うと大学の成績のことです。

今の学生にはかなり馴染みのあるこの言葉も、私が大学生の頃はこんな言葉など知るはずもなく、大学の成績と言えば『優・良・可・不可』の4段階や『A・B・C・D』の表記を思い浮かべる程度でした。

で、このGPA、実はこれ、欧米の高校や大学で採用されている成績評価法で、ある計算法にもとづいて数値を割り出したものなのですが、日本国内にいる分にはあまり重要性は感じないものの、一旦留学するとなった場合は、一気にその重要性が上がる代物でもあるわけです。

一昔前の大学生に比べたら、今は時代も変わり、みんな結構真面目に授業に参加しているようなのですが、私が大学生の頃は、特に文系の学生であったりすると、ほとんど学校に来ない、授業も受けない、テスト勉強もテキトーと言ったような学生も多く、私もそんなご多分に漏れずお世辞にも模範学生とは言えないような学生生活を送っておりました・・・はい、十数年後に何を血迷って自分が留学するなどとは夢にも思わず(-_-;)。

そうなのです、実はこのGPA、人生のどこかの時点で留学をしようと考えた場合、この数値がずっと付きまとってくるわけです。

大学院留学の場合は職歴が重視されるため、当初、私の中では学部時代の成績(特に私の場合は学部時代の専攻と大学院の専攻が全く分野の違うものであったため)はあまり入学選抜に影響を及ぼさないと勝手に軽く見ていたのですが、留学カウンセラーの方から「志願者のアカデミックな能力を判断できるのは唯一、学部時代の成績しかないのでここは結構ちゃんと見られますよ」と言われて、初めて自分の大学時代の生活を思い出し「や・ば・い!」と冷や汗が出たのを覚えています。

当然自分のGPAの数値など知るはずもなかった私は、その成績如何で出願できない大学も結構あると脅され、目の前が真っ暗になり、慌てて恐る恐る母校に出向いて、自分の成績表を再発行してもらい、それをGPA換算したところ、何故か想像していたよりもはるかに数値が良くて胸を撫で下ろした経験があります(まぁそんだけ当時の学生って、一旦大学に入ってしまうとどいつもこいつも勉強してなかったってことですよね…)。

ここで、私も当時疑問に思ったことなので、これを読まれている方もふと思われたかもしれないのですが、GPAというのはあくまでも大学内での成績のため、例えば東大生でGPAの数値を上げるのと、普通の大学でGPAの数値を上げるのとで比べると、明らかに東大のほうがはるかに難しいと思うのですが、そういった各大学間のレベル差の事情等はあまり考慮されないようです(欧米の大学からするといちいち各国から出願してくる受験者のそれぞれの大学のレベルまで調べることができないため…)。

そんなわけで、十数年後にもし気が変わって「留学する」となった時に慌てないためにも大学の成績はちゃんと取っておいた方が良いと今になって思うわけです(^_^;)。

ただ補足として、MBA(経営学修士)を狙う人は、その他の専攻とは異なり、MBA志願者専用の共通テストを受けさせられ、そのスコアの提出が求められるためあまりGPAの数値は重視されないようではあります(実際、HPを見てみたらハーバードとかでもGPAの必要最低スコア等は設けていないと書いてありました)。


いろいろなパターン

以前、進学塾や学習塾で英語指導をしていた時と比べて、自分の英語指導で一番大きく変化があったなと思うのは、生徒の英語力向上に効果があるなと思ったことに関しては、四角い頭を丸くして極力何でも取り入れていこうという柔軟性が出てきたことかな?と最近思います。自分で言うのもなんですが…(-_-)

こう思うようになったのはもちろん留学でTESOLを学んだことも影響しているとは思うのですが、むしろ帰国してから英語で悩む生徒をケースバイケースで見ていく中で色々と思うところがたくさん出てきたからかもしれません。その中で、特に最近強く思うのは、長期スパンで英語指導を捉えた場合、帰国子女に限らず、やはり「オーガニック」というか「生の英語」、いわゆる日本人学習者向けに手を加えられていない英語に数多く触れてきている生徒は強いなということです。

とは言うものの、こういうオーガニックな英語に数多く触れてきたけれども「英語が苦手だ」と口にする生徒は実は決して少なくはないのです。どういうことか?

そういう生徒というのは、要は大概の場合において現行の英語テストという物差しでは点が取れないというだけなのですね。ですので、本人は英語ができないと思っているものの、指導者側から見ると普通に英語ができている、と。こういう場合は「全然心配せんでええよ」と言ってあげてます。ただ、こう言うと、親御さんからしたら「生の英語もいいけどやっぱりテストの点が取れないと不安よね…」と思われかもしれないのですが、実はこのパターンで英語が苦手だと思っている生徒の「英語力を上げる」=「現行の英語のテストで点数を上げる」こと自体は実はそれほど難しくは無いわけです。

一方で、いわゆる旧態依然の文法中心で指導を受けてきた生徒で、それでボロボロになってしまった生徒が「英語がわからない」と言っているケース。こういう生徒を救うには同じ文法中心のアプローチではまず十中八九うまくいかないです。そしてそれよりもさらに厄介(失礼!)なのは文法中心とは言わないものの、生の英語に触れずしてそこそこまで英語のテストで点数が取れるようになってきて、そこからさらに上へと成績を上げる際に壁にぶち当たっている生徒のケースです。このパターンの生徒の場合、最初のパターンの生徒(生の英語に結構触れてきたけれども英語に苦手意識のある生徒)と比べると、なかなか一筋縄ではいかないケースが多いわけです。で、そういう場合にいろいろなやり方を試してみるのですが、結局のところは生の英語に大量に触れさせることが意外と早道であったりするということが最近よく実感することが多いのです。

「英語学習で悩んでいる生徒」と聞くと、「勉強のできない子」というイメージがあるかもしれませんが、それはステレオタイプな見方で、実際はそういった生徒一人一人の基礎学力から意識面(モチベーション)、志望する進路、毎日の学習習慣に至るまで、本当に千差万別です。ですので、下手をすると英語で悩んでいる生徒が10人いれば、その悩みの内容やレベルも10通りの可能性があるわけです。それを一つずつヒアリングしつつ、且つそれを指導にフィードバックしながら、どのアプローチがベストなのかを模索していく過程というのは色々と大変ではあるものの、指導者側としては非常にやり甲斐のある部分でもあるわけです。

これは結構テーマが大きいのでまたちょこちょこと書いていきたいと思います。


Writingの指導のつづき

すみません…前々回のブログで、途中で話が脱線したまま終わったので「続きは次回で」と書いていたのに前回のブログは全然違う内容でした(-_-;)

ということで、今日は前々回のブログの続きです。

前々回のブログでは、Writingの指導に関してもFluency(流暢さ)をもっと生徒に推奨してあげれば生徒の書く力はもっと上がるのではないか?と言う視点から書き始めたのですが、途中から話がちょっと違う方向に行ってしまいました。

当初は高校生に英文エッセイの書き方のテンプレートを覚えてもらった方が早いかなと思ったので①Introduction⇒②Body⇒③Body⇒④Conclusionの4段落構成で文章を書かせていたのですが、これの難点は生徒からすると、ちょっと(かなり?)敷居が高くなることです。1つのエッセイを仕上げるのに結構な時間がかかるというのと、どうしても書式がかしこまるため生徒たちの手が思うように動かないというのが挙げられるわけです。

で、これを解消するために今やっているのがいわゆるPREP方式と呼ばれるものですね。

これは日本人(今の子はだいぶ慣れてきてるのかもしれませんが、我々おっさん世代が中高校生の頃は特に)にとって、結構訓練の要る思考法だと思うのですが、

①質問に対してPoint(結論)をまず言う。

②続いてその主張をサポートするReason(理由)を述べる。

③さらにその理由のExample(具体例)を書く。

④そして最後にもう一度、最初に述べた自分のPoint(結論)で締めくくる。

という流れで、もちろんイントロ、ボディー、コンクルージョンのエッセイ書式からそんなに大きく外れるわけじゃないのですが、あっちは4段落構成になるのに対して、こちらは必ずしも段落構成を気にしなくてもいい点が生徒にとって気安いかなと思っています。何よりも訓練がしやすいですよね。

例えば「電子レンジやファストフードチェーンは社会にとって利益となるか?」とか、「教室で身に付ける知識と自身の経験から得た知識ではどちらが大事だと思うか?」みたいな質問に対して、PREP方式で自分の意見を伝える練習を数多くしていると、英語でのペーパーの書き方においてもそれほど苦しむことはなくなるのではないかと思います。このPREP式も始めた当初は、日本語でも結構苦戦している子がいましたが、それも回数を重ねていくとなんだかんだと理由を言えるようになってきましたのでやはり慣れというの大きいなぁと思うわけです(^_^;)。

そしてこのPREP方式が身に付いてくると、それに伴うお決まりのテンプレートや決まり文句も身に付くわけで、ここら辺はあまり考えずにすらすらと書けるようになります。これ、結構大きいと思うんですよね。日本の受験英語的な観点からすると「量より質」的なところが、特に難関大学対策となればなるほど言われる傾向にあると思うのですが、私は英語学習に関しては「質より量」じゃないのかなと思うわけです。以前は真逆の立場でしたが…(^_^;)。

何よりもこのPREP式の方が、気安く発言したり書いたりすることができる点も良いなと思っています。授業の中でもそんなに時間を取りませんし(^^)。また、こういった練習を何回かすると子供たちもパラフレーズ(同じ言葉やフレーズの重複使用を避けること)の必要性がわかるようになり、いちいち言わなくても1回使った単語を次回使うときはそれを別の単語に変えたり表現法を変えたりと色々と工夫してくれているのが分かります。

そして何よりもこちらとして一番助かるのは、以前のエッセイ形式ではなく、このPREP式の方が生徒たちはそこまで嫌がる素振りもなく、結構サクッと英文を提出してくれるようになったことです。これが私にとっては一番ありがたいわけです…。


edの発音

他の人から見たら「そんなこと当たり前やろ」というようなことを長年気づかずにやってきて、ある日突然それに気づいて愕然とすることがあるのですが、大概のケースにおいてこういったことに気づかせてくれるのは愛すべき生徒たちであるわけです(^^)。

played / wanted / washed

この3つの動詞の過去形ですが、語尾のedの発音が全て異なるというのは中2の夏ごろであればほぼ理解できるとは思うのですが、ではどのedをどう発音するのかとなると意外とパーフェクトで発音できる生徒というのは、今もまだそう多くはないかもしれませんが、以前はもっと少なかったわけです。そこで塾講師という人種は、この問題がテストで出題された時の対策として、発音の覚え方やゴロなどを教えるわけですが、大方の塾講師の例にもれず私も高校入試を控えた受験生には直前対策なとで覚え方などを授業でやっておりました…(-_-)。

ところが、以前のブログでも書いたような気がするのですが、いまだにセンター試験の最初の問題でこの発音・アクセント問題が出題されているのですが、大学院のある授業で、このセンター試験の問題がプロジェクターで映し出され、日本では現在こういう問題を政府が出題しているという紹介とともに、なんでこんな問題を出してるのか、その意図を問われた際のあのなんとも言えないクラスメートの微妙な反応にいたたまれない気持ちになったことがあって以来、この類の問題がどうも私にはトラウマになっているわけです。

このパターンの発音問題って、実は帰国子女とかで発音がかなり上手な子でも間違ったりすることがあるので、本当に意味不明な問題だとは思うのですが、そう思えば思うほど授業でもこれを取り扱うモチベーションが皆無になりまして今では取り上げることもなくなったのですが、たまたま先日小学生の授業の中で過去形の文章を練習していたときに、この規則変化をする過去形の動詞(edで終わるもの)が出てきたのですが、その時、無意識ながらも「あ〜…edが出てきたわ…」とちょっと厄介やなと思いつつも、ひとまず発音練習をさせようと思って読ませてみたところ、なんと驚くべきことに教えてもいないのにすべてパーフェクトにedの発音を使い分けていたのです。

これ、お恥ずかしいことですが英会話スクールの先生とかであればおそらく「そんなん当たり前じゃ」と言われると思うのですが、ちゃんと普段からフォニックスの練習などで正確な発音で動詞を発音させていれば、それの過去形が出てきても正しく発音できるわけですよ…。(^_^;)そらそうですよね。ネイティブがwashedのedを[トゥ]と発音するのはそう発音するのが一番発音しやすいからに他ならないわけで、「主婦口スープ」とかそんなゴロで覚えささせること自体がナンセンスであるという…。

授業をしていて新たな発見をくれるのはいつも生徒たちなのだなぁと痛感する頻度が年々増えているように感じるのは、おっさんになって丸くなったからなのか、あるいは今まであまりにも生徒を(見ているつもりで)見ていなかったのか…(-_-)


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