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LEGLABO 講師ブログ  2016年6月

英語の塾でコーチング?

コーチングという言葉。もしかしたら今までにも一度は耳にされたことがあるかもしれませんが、何となくこんな感じ?といった漠然としたイメージを持たれている方も多いかもしれません。

コーチングそのものを説明しようとすると膨大な紙面も必要ですので、ここでは、英語学習指導にとどまらず、子どもたちとの関わりにとって「コーチング」がどういうインパクトを与えるのかについて少し説明したいと思います。

因みに、私の場合、英語講師という肩書ですので、子どもたちとの関わりの中で、もちろんコーチング以外にティーチングやトレーニングのアプローチも採っております(つまりティーチャーであり、同時にコーチでもあり、また時にトレーナーでもあるということですね。英語は数国理社と違って座学だけでの勉強に限定されませんので…)。

 

コーチングが大切にするベースの1つに、「相手の可能性を100%信じて接する」というスタンスがあります。もちろん人間社会全般においては、これが上手く行くケースもあれば、必ずしも直接的に目に見えた成果がすぐには出ない場合もあるかもしれません。ただ、少なくともまだ10代の子どもたちに関して言うならば、「この子は結局伸びてこんなもんだろう…」という制限をかけて接することには百害あって一利なしであると考えております。

因みに誤解のないようにお伝えしますが、この「相手の可能性を100%信じて接する」というのは何も「お前はもっとできるはずだ〜!」と相手を限界まで追い込むこととは「ま・っ・た・く」違います。もちろん、時と場合でそうすることがその生徒にとって必要&有効であると判断した場合はそういう言動を取ることもあるかもしれませんが、基本的には、これはコーチのスタンスであり、あるいはコーチの心のあり方であり、何か具体的な行動が必ずしも伴うものとは限らないのです。

ちょっとわかりにくいですかね…(^_^;)

もう少し身近な例で考えてみましょう。子どもたちと最も長く一緒にいる大人といえば普通は親になるかと思います。そこで、この親がもし我が子の可能性を100%信じている場合と仮に50%、いやヘタしたらほとんど信じていない場合とで比べてみた時に、10年後、20年後にその子の中でどんな差が生まれるかと考えてみたらどうでしょうか?

しつこいようですが、「可能性を信じてる」=「もっとやれるはずだ!とお尻を叩くこと」ではありません。極論ですが、もし100%可能性を信じているのであれば「何も言わない」という関わりもあるかもしれないわけですよね?(もちろん、これも極論ですが…。)でもその場合もそれは決して育児放棄をしているわけではないのです。そういう親の子に対する気持ち、あるいは信念というものは仮に隠そうとしても隠せるものではなく、必ず親の言葉の端々、言動の至る所に出てくるものだと考えています。ですので、必ず、かならず子供には伝わるということなのですね。どちらがその子の長い人生において良い影響を与えるかはそれほど思い浮かべるのに難しくはないと思うのですが、いかがでしょうか?

 

100人生徒がいれば、伸び方も100通りありますし、伸びる時期も様々です。ある言葉がけがある生徒にとっては非常に効果的な場合もあれば、また別の子にとっては、それが全くの逆効果になることもよくあることです。こうしたことは頭では理解しやすいのですが、自分で実際に痛い目をしないことにはなかなか腹に落とすことはできません。(はい、わたくしも例に漏れず今までに苦い経験をたくさんしております…(-_-;))

一人一人の個人をざっくりと一般化したりグループ分けをしたりせず、一人一人の可能性を見ることからわかることを親御さんとも極力たくさん共有できるように常に意識しております。


お席にまだ空きがあります〜

今週末の保護者対象セミナー「英語学習、このやり方あってる!?」ですが、まだお席に空きがありますので、ご興味を持たれた方は是非お待ちしております(次いつやるかわかりませんので…)(^^) あ、もちろん以前にLEGLABOの開校説明会にご参加頂いた方のお申込みも大歓迎です(内容が全然違いますので)。

 

当日は現地校にいきなり放り込まれた我が子が英語習得においてどういう体験をしたのかとか、色々と巷で見聞きする英語学習法の効能は実際のところどうなのかとか、最近よく相談をお受けする留学に関する注意点などにもスポットを当ててお話する予定です。

 

あと、今回は折角の英語学習に関するセミナーですので、ただ座って聞くだけの形式ではなく、少しだけ参加者の方にも体験してもらえる内容にしております(え!私英語苦手やから当てられたら困るわ…という方も安心して下さい。ご無理のない程度で体験してもらえます)。


「英語学習法、このやり方あってる!?」英語勉強法セミナー

今週末土曜日(7/2)に実施予定の英語勉強法セミナーの資料が完成しました。

改めて完成したパワポ資料を見てると、これって小・中学生のための英語の勉強法というよりも、大半の日本人英語学習者にとっても当てはまる内容だな・・・と。

ネットでググれば情報は山のようにあるのですが「読めば読むほど何が正しいのかわからない!」という声もお聞きします。

その辺りも踏まえて今週の土曜日はお話をしたいと思いますので、お子さんだけではなく、ご兄弟や親御さんで英語の勉強に悩んでいる方がいらっしゃれば是非参加してもらえたら幸いです。

以下お話しする内容について、少し紹介しておきます。

・「リスニングのシャワーを浴びる」ことについて

・結局英語学習って単語を覚えないといけないの?

・「読む」&「聞く」を続けることで「書ける」&「話せる」ようになるか?

・スピーキングを鍛えに英語圏に行く費用対効果

・洋画や洋楽を使って英語を勉強したい!とい方

・多読&多聴の効果


歌で覚える・チャンツで覚える

流石に中学生以上になると、「歌で覚える」というのもなかなか難しくなってくるかもしれませんが、少なくとも小学生の間は言語学習に歌を取り入れるメリットって結構大きいなとつくづく感じる今日このごろです。

もちろん、メロディのないチャンツであれば中学生以上の英語学習者においてもそれほど心理的ハードル(=恥ずかしい!)は高くないので、こちらの方は学年問わず使える、より普遍的指導アイテムなのかもしれません。

因みに、レグラボの小学生は例外なしに「歌でキーフレーズを覚える」アクティヴィティが好きなようで、授業の中でもこの時間はかなり積極的に取り組んでくれています。この「歌でキーフレーズを身体に入れる」というアクティヴィティですが、カラオケ好きの女の子ならまだしも、男子もまんざらではない感じでして、少し前から「なんでやろ?」と思っていたのですが、どうも彼らの反応を見聞きしていると、「メロディが覚えやすく、且つ日本人向け(?)する旋律である」ことにあるのではないか?と最近は思い至るようになっております。オックスフォード大学出版、そこまでマーケティング・リサーチしてるんですかね?

この「歌で覚える」シリーズですが、テキストの前半の頃はまだそれほど複雑な英文が出ていなかったので、さほどその重要性を子どもたちも認識していなかったと思うのですが、少しずつ長く・複雑な英文を学習し始めると、歌で身体に入れているものほど、しばらく期間が経った後に突然発音させてみせても、スムーズに発話できるので、ちゃんと身体で覚えているんだという実感とその威力を彼ら自身が感じているようです。また、複雑な英文や、日本人にとって正しく且つスムーズに発音できるようになるために一定以上の練習が必要となるような言い回し(例えば「It's across from the classroom」なんかはやってみればわかりますが、速いスピードで正確に発音しようとすると舌と唇噛みそうになります)なんかはただ機械的に反復練習をやらせても子どもたちは退屈するだけなので、こういう歌があると本当に助かります。

それもこれも、その大きな手助けとなっているのが、使われているメロディセンスの良さであるのだとしたら、これはなかなか軽視できない部分なのかもしれませんね・・・。ただ、そのせいかどうかわかりませんが、似たようなメロディの使い回しが多いような気もするのですが(^_^;)。

誰かミュージシャン志望の人に、色んなバージョンで発音練習を必要とする英文の歌作って欲しいですね・・・。


進学校の英語の進度

もともと進学塾畑でどっぷり受験英語指導をしていたので、いわゆる私立のバリバリの進学校の英語の進度はある程度わかってはいたものの、改めてそこに通われる方の保護者様からご相談を受けると、いわゆる受験英語なるものをそない一律にぶっ飛ばしてやらなあかんもんやろか??と思うわけです。

とは言うものの、実際問題、大学受験で東大・京大・医学部を狙っているようなかなりハイスペックなお子さんは実際その進度に付いて行けているという事情と、一方で、いわゆる灘を筆頭に最難関高校を受験する中学生たちもやはりそれなりの内容を詰め込んでくるわけで、実際私も以前そういうカリキュラムで指導していた立場上その意図もわかるわけで、

う〜ん。。。悩ましい。。。

もちろん、ついていけるお子さんは何ら問題ないわけですが、万一最初の最初でどこかに躓いてしまったようなお子さんは本当に悲劇ですよね…。わからん授業をひたすら受け続けなければならないという、まさにプチ拷問。

ところが、実際指導をしてみると、やはり中学受験で進学校に合格しているだけの力は伊達ではなく、飲み込みも無茶苦茶良かったりするわけです。こんな子たちなら、もうちょっとゆっくりやってあげても、十分旧帝大レベルは行くでしょう、と内心思ったりもするわけで、またそのような生徒が必ずしも少数派でもないようにも感じるわけで、何か改善策とかないものかなとも思うわけです。

こういう状況を目の当たりにすると、ついついいわゆる「学力別編成クラス」もありか?とも思うのですが、そこは学校であり、塾ではないので、なかなか勉強以外の要因から難しい問題であるのも事実だと思います(関学などは初等部で6年間英語を勉強して来た生徒と中学部から入ってきた生徒とでは、流石に英語力に差が出るであろうという観点から、英語はレベル別クラス編成にしているようですが)。

因みに能力別学級編成は英語でstreamingと言いますが、これはIELTSなどグローバルな英語テストでも頻出のトピックだけあって、世界各国においても色々と賛否両論が出るテーマの一つですね。


中間考査が終わり・・・

1学期の中間考査が終わり、生徒の成績結果も出揃ったところで、今週末の英検が終わると再び期末考査の足音が聞こえてきます・・・。(早い中学校は今月中に期末が終わりますね)

 

今回の中間考査で久々に「かなり」勉強をしたという感想をくれたのが中2・3生であるのに対して、初の定期考査であった中1生は「なんとなく」終わり、結果も「こんなもんかな?」と漏らす生徒もいれば、「ちょっとヤバイな」と良い意味で危機感を持ってくれる生徒もいたりで、早くも次の期末考査が楽しみでもあります。

 

新学年になってから初の定期テストであったため、概ね英語の成績は合格点といったところですが、生徒たちはもちろん英語だけやってれば良いというわけではなく、細かく個人個人の成績を教科毎に見ていくと今後の課題点も浮き彫りになってきます。

 

特に中2・中3生は定期テスト前&テスト期間中、ほぼ毎日自発的に自習に訪れており、それがために、各自の今回の結果に対して、こちらが特に何も言わずとも色々と思うところがあったようで、早くも次のテストに意識を向けてくれているようです。(結局各種テスト関係で良い成績を出すためにはこういった意識面における改善が絶対必要条件ですよね…)

 

また、大学までエスカレータ式で上がれる学校だと、この定期テストで及第点が取れなければ部活停止というところもあり、これはこれで良い緊張感があるなと個人的に思う今日このごろでもあります。


ゆすがない、すすがない文化

随分前のことになるのですが、何かのバラエティ番組でイギリスの生活ぶりが紹介されており、その中で、イギリス人は食事のあと、皿を洗う際に洗剤を流さないことがクローズアップされていました。

その奇妙な風習に番組のスタジオ内のコメンテーターやゲストも結構引いてはいたものの、これも一つの文化の違いかと、その時は流していたのですが、いざ自分がそこで暮らし始めてみると、例えば外食をした際などに出てくる皿やフォーク、ナイフは全てあの状態で乾燥されたものであるということに気付くとやはりあまりいい気はしないわけです。

とは言うものの慣れとは恐ろしく、少し時間が経つと、もはやそこに意識も行かなくなるところが人間の順応性の素晴らしいところなのかもしれませんが、それでも自宅では当然皿洗いの後は洗剤を洗い流していたわけです。

そんなある日、長女が現地の小学校の林間キャンプから帰ってきた後に、家の皿洗いの手伝いをしていた際に何気なく、

「これ洗剤、洗い流したらアカンらしいで。キャンプの時に、洗いものしてすすごうとしたら、みんなにその洗い方は間違ってるって言われた」と。

もはや、洗剤を洗い流す行為はUK小学生の間では間違った行為であるという認識とは…(-_-)

これには更に続きがあり、

「あの子ら、歯磨いた後も口すすがへんねんで」と。

「ていうか、中には歯磨かんと、指に歯磨き粉付けて歯に塗ってそのまま寝てる子もおったで」と。

イギリスでは、洗剤は流さんのが流儀のようですね。

ただ、歯磨き粉に関しては、その成分にフッ素が含まれていて、過剰に口をすすぐのはそれを洗い流してしまうため、逆効果であり、日本の歯医者さんでも歯磨き粉で歯を磨いた後は口をゆすがないのが正しいと言ってる方もいるようで、これはもしかするとイギリス流の方に理があるのかもしれませんね・・・。


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