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LEGLABO 講師ブログ  2016年3月

発音・アクセント問題

校内生が持ってきてくれた学年末テストの問題と本人の答案を眺めていると、やたらと間違いの多い箇所があったので、どんな問題やろか?と思って問題用紙を見るとそれは果たして発音・アクセント問題でありました。

『次の単語の下線部の発音が他の三つと異なるものを選びなさい。』

とか

『次の問いで第一アクセントの位置が他の三つと異なるものを選びなさい。』

といったような問題です。

たいていの日本人であれば、一度は目にしたことがある問題かと思います。

従来の日本式英語指導で、生徒の英語力の音声面をテストしようとした時に、頭をひねって考えだした苦肉の策であろうことが伺えるこの発音・アクセント問題なのですが、なかなかこのテスト形式ももはや限界に来てるのではないかと思われるのです。

因みに、こういうテスト形式に慣れていない帰国子女が結構間違うのもこの問題でして、間違えたことが分かった時の彼らのどこか腑に落ちない表情にはいつも苦笑いをするしかないわけで、本人達曰く、「でも向こうではこうやって発音してましたよ」と・・・。

日本語バージョンで考えてみたら、こんな感じでしょうか?

問:次の下線部の発音で、他と異なるものを選びなさい。全て同じ発音であれば、◯をつけなさい。

 おさん ・ い ・ 

こんな問題をネイティブの日本人にやらせたら、多分結構な割合で、◯を答えにする人いると思うのですね。「おとーさん、とーい、とーぜんなので、◯とちゃうの?」と。それを「おとーさんではなく、おとうさん、ですよ!」と説明したところで、ネイティブジャパニーズは「そんなん、どーでもええやん!!」となるのではなかろうか?と。

因みにセンター試験でも未だに出ているこの出題形式ですが、他国の人から見たらかなり滑稽な問題に見えるらしく、大学院の授業でこんな問題が日本の大学入試センター試験で出題されている、という奇異な例として、教授がセンター試験の問題をプロジェクターに映し出したのですが、その時のクラスメイトの反応が果たして「・・・なにこれ?・・・プププ」か、または努めて友好的に「へぇオモシロイ問題ね〜」という、こちらからしたら何がオモシロイのかよく理解できない反応であり、更にはこういう問題を政府が出題している意図について説明してくれない?みたいことを教授から言われた時の、いたたまれなかった気持ちを今ふと思い出しました・・・。


シマウマ

日本はやっぱりヨーロッパから遠く離れた、アジアの東の果ての島国なのだなあと感じる時の一つが、ニュースラジオを聞いている時です。

基本的に普段はBGM代わりにBBCをかけっぱなしにしてるのですが、ニュースでシリアからの難民とISに関して報道されない日はない、と言っても過言ではないぐらい、まぁこの2つのトピックについては毎日毎日繰り返し報道されるわけです。

日本でも2015年の8月末辺りに、このシリア難民がハンガリーのブダペストの駅に押し寄せて締め出しを食っているというニュースが大々的に取り上げられたようで、その時に初めて知り合いから、「なんかヨーロッパ大変なことになってるね」みたいなメッセージを貰ったのですが、向こうに滞在している時は、シリア難民の問題はそれよりもずっと前から毎日のように緊迫した感じでニュースに取り上げられていたため、メールを貰った時は「いきなり今頃どうしたん?」と逆に思った記憶があるわけです。

このシリア難民問題が左様なまでに向こうでは切羽詰まった問題であることは、とりわけBBCで名前が上がる西洋諸国の首脳陣の中でも、その頻度が自国のキャメロン首相を除いて最も高い宰相(と私には思われる)が、ドイツのメルケル首相であることと無関係ではないと思うわけです。

難民受け入れに対して積極姿勢であったメルケル首相(因みに首相は英語ではprime ministerですが、ドイツの首相の時だけGerman Chancellor Angela Merkelと言っています)だったのですが、大晦日にケルンでアラブ人や北アフリカ人移民と思われるグループによる集団暴行事件が起こったため、国内のみならず、ここんところ絶好調のトランプ氏などからもかなり批判が出たわけです。 因みにBBCで名前の聞くヨーロッパの首脳ってキャメロンとメルケルとあと、フランスのオランド大統領ぐらいしか思いつかないのですが、私の気のせいですかね???イタリアとかスペインにもリーダーいるはずなんですけどね・・・。

ま、それはさておき、フランスのオランド大統領もやはり、そのメディアでの露出度はパリの同時多発テロと無関係ではなく、結局のところこの二人のトップの露出度の高さは、ヨーロッパでのシリア難民とIS絡みのニュースと無関係ではないと思わずにはいられないわけです。

そんな中、一昨日にはベルギーで、空港とEU本部のある地下鉄駅とで通勤時間帯を狙った同時テロが起こったわけです。ニュースでインタビューを受けていた日本人も、爆発音が聞こえた瞬間に「テロだと思ったので、すぐにその場から逃げた」と言っていましたが、その死傷者の数を見てもかなり大きな被害の出たテロ事件であったわけです。

もちろんBBCでもこの事件のニュースがここ2日ほど、トップで上げられているわけですが、昨日、そんな中で、珍しく日本のニュース記事が取り上げられていたので、見てみると、逃げ出したシマウマが麻酔の吹き矢で打たれた後、ゴルフ場の池で溺れ死んでいたというものでした。 テロと難民だらけのニュースの中に何を思ってBBCはこのシマウマのニュースをわざわざテロ翌日のこのタイミングで極東の果ての島から届けたいと思ったのであろうか、あるいは、はたまた、日本はそれほどまでにガラパゴス化した安全天国であることをBBCは全世界にアピールしたかったのであろうか、あるいは、溺れ死ぬ危険性があるのに、なぜ日本人はシマウマに麻酔の吹き矢なんか打ったんや!?という非難声明なのであろうか、そのBBCの真意の判断に迷うところであるわけです・・・。


今日のワンポイント英会話【shame】

皆さん、こんにちは。Rome was not built in a day.「英語学習の道も一日にしてならず」です。

今日のワンポイント英会話は

shame

という単語を使ったフレーズです。

受験英語においてもshame自体はそんなに難しい単語ではなく、普通に中3生ぐらいでも「恥」という意味を知っているかと思われます。

私自身、昔(今もやってるのかもしれませんが)に何かで見たアメリカの番組でShame on you!(恥を知れ)という番組があったこともあり、「shame=恥」と何ら疑問に思うこともなくただ丸覚えしていたのですが、留学中のある日カナダ人女性に、課題がいっぱいいっぱいで睡眠が取れずちょっと体調が悪いという話を愚痴ったところ、

That's a shame.

と言われたわけです。

それを聞いて、一瞬「え、この程度で体調悪くするなんて根性なしのジャパニーズやな・・・ってこと!?」と耳を疑ったわけですが、とりあえず動揺を悟られまいと何気にスルーしたわけです。

数日後そのことも完全に忘れていた頃にたまたま見ていたドラマで、ある女子高生の登場人物が人間関係で傷つきボロ泣きしていて、親友がその女子高生を慰めているシーンがあったのですが、果たしてこの親友が開口一番

That's a shame.

と発したわけです。

「ん!?」と数日前のカナダ人の発言が一気に蘇ると共に、このシーンでこのボロ泣きしている親友に「恥」は明らかにありえんやろ、と思い即座にググると

「それはお気の毒に・・・」

とありました・・・。

その後も、この“That's a shame.”はドキュメンタリーやドラマで結構見聞きしたので、かなりの頻度で使うフレーズのようですね。受験英語ではThat's too bad.の一点張りですが、こちらも覚えておいて決して損はありません。


お彼岸

本日は春分の日ですね。

「暑さ寒さも彼岸まで」とは本当によく言ったものでして、先人の方々の智慧の深さにはただただ感嘆するばかりでございます。

こういう職業柄、基本的に冬の季節というのは完全にシーズンオンでして、どの先生もほぼ休み無しで働かれているかと思うのですが、私もその例外に漏れず毎年この追い込みのシーズンを受験生と一緒に走っておりました。

そしてそういう意味では、この春分の日というのは生徒たちの受験がほぼほぼ全て終了した、最初のお休みの日というわけでもあるのです。

前職の建物が(見た目とは裏腹に)完全な木造家屋であったため、受験シーズンは特に寒さがきつく、そんな折には大半の日本人の例に漏れず温泉好きの私としては、とてつもなく熱い温泉が恋しくなるわけです。

職場でも、受験が終わったら温泉に行こうというような与太話をしながら毎年励まし合っていたのですが、残酷なものでいざ受験が終わり、温泉に行こうとするこの春分前後の日になると、申し合わせたように春の気配が感じられるようになっており、またカニ漁も終了し、初志貫徹で温泉には行くものの、何か気の抜けたビールを味わっているような気持ちになったものです。

因みに私は、「温泉と言えば日本」という固定概念があったのですが、渡英してみて、意外と温泉好きな西欧人が多いことに気づきました。まぁ、百歩譲って「好き」とまでは行かずとも温泉に強い興味を抱いている西欧人は多いと思います。

因みに留学していたブリストルの町にも温泉があることを知った時には軽い衝撃を受けましたが、まぁこれは温泉というよりも、見方によっては温水プールと表現した方が適切かもしれません・・・。

基本的にあちらの人達は猫舌ならず猫肌というのでしょうか、日本人の感覚からすると「冷た!」と感じるぬるま湯ぐらいがちょうど良いらしく、そのせいか、ブリストルの温泉も水温がかなり低いため、なおさら日本人にとってはもはや温泉ではなくプールになるのだと思うのです。

あ、因みに、水着着用は日本以外の共通ルールのようです。現地のイギリス人から、「あなたも温泉に入る時は裸で入るの?」と聞かれたので「そうだ」と答えると、「人が見てるのに裸で温泉に入るのは恥ずかしくないの?」と聞いてくるので、「いや、あの中で自分だけ水着着て入るほうが恥ずかしいかも」と答えると、「温泉には興味あるけど、裸は抵抗あるな〜、どうしようかな〜、迷うわ〜」とまだ日本にも来ていないのに真剣に悩みだすわけです。ま、左様なまでに文化・価値観の違いというのはなかなか大きなインパクトを与えるようですね。

さて、来週からレグラボも春期講習に入ります。学校の新学期を前に、しっかりと力をつけさせたいです。


今日のワンポイント英会話【臨機応変】

皆さん、こんにちは。Rome was not built in a day.「英語学習の道も一日にしてならず」です。

今日のワンポイント英会話は

play it by ear

というフレーズです。

まぁ受験英語では絶対に習わないであろうイディオムの一つかと思われます(恥ずかしながら、私も渡英する前は知りませんでした・・・)。

ただ、結構ネイティブは多様しているフレーズのようで、

直訳すると「耳でそれをプレイする」みたいな感じになるんですかね?

これ、楽器やってる人ならピンとくるかと思うのですが、ジャズやロックなどで知り合ったばかりのミュージシャン同士が、よく口にするフレーズに、「今度ちょっとジャムろうや」みたいな言い回しがあるのですが、これは楽譜などを用意して、事前に個人で練習してからみんなで合わせるという形ではなく、別段事前準備は何もしないでスタジオに集合し、その場でテキトーにコード進行だけ決めて成り行きのまま音楽を演奏するスタイルで、俗にimprovisation(即興演奏)と言ったりもするのですが(ジャズは結構このスタイルが多いですね)、まさにこの状況です。

「即興でプレイする」⇒「事前に何か決めるのではなく、その場で成り行きに任せよう」みたいな意味ですね。

"Let's just play it by ear."
「ま、臨機応変にやろうや」

みたいな感じで使います。

そう言えば帰国後、Bradと久しぶりに会おうとなった際に、お店どこにしよ?という話になったのですが、その時も普通に

Whatever is open, I'm good with anything. We can play it by ear.
「開いてるところやったらどこでもええで。ま、その場の成り行きで決めたらええやん」

みたいな感じで言ってました。


Graduation

今日は西宮市の公立中学校の卒業式ですね。卒業された皆さん、おめでとうございます。

 

ただ、公立中学生の場合、中学校の卒業式が終わった4〜5日後に公立高校普通科の入試があるので、既に進学先の決まった生徒以外はあまり浮かれムードになることもなさそうではあるのですが・・・。

 

さて卒業式は、英語だとgraduation ceremonyという単語がパッと思い浮かぶかもしれませんが、スティーヴ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式典で記念スピーチをした際には、"at your commencement"というフレーズを使っていました。この場合のcommencementは「学位授与式」みたいな感じですかね。ちょっとgraduation ceremonyよりも物々しい感じがします。

日本でも最近だと近畿大学の卒業式でホリエモンが記念スピーチをしたりで、この辺りも徐々にアメリカナイズされてきてるのかな?と個人的には思ったりもするのですが、とは言うものの、その時代に色々な意味でバリバリやってる先輩方からの熱いメッセージというのはそれなりに多くの学生や視聴者の心に届くようです。

上記スティーヴ・ジョブズのスピーチだと、スピーチの一番最後を締めくくる

Stay hungry. Stay foolish.(ハングリーであれ。バカもやれ。)

が最も有名ですが、個人的には

... much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on.

(好奇心と直感を信じて動いたことにより出会ったものの多くは、後になってみてこれ以上にないほど貴重なものであったことがわかったのです。)

とか

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life.

(時間は有限であり、だからこそ誰かの人生を生きるようなことなどにその時間を無駄遣いしてはいけないのです。)

とか

Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

(あなた以外の誰かの考えみたいなノイズに、あなた自身の内なる声をかき消させるような真似はさせてはいけません。最も重要なのは自分の気持ちと直感を信じる勇気を持つこと。それらは不思議とあなたが本当になりたいものを既に知っているのですから。それ以外のことは全て本質ではないのです。)

あたりのメッセージがなかなか共感できるのですが、今あらためて、英文を日本語に直してみると、これがなかなか、昔、英語で聞いた際に受けたインパクトと随分変わるな・・・と思わずにはいられないわけです。

あちらの国の方々からFar East(東の果て)なる称号を与えられるだけあって、日本語と英語の言語的距離は世界最大であるわけで、その2つの言語が与える感触というかインパクトが違うのは当たり前と言えば本当に当たり前なのですが、そんな英語という言語が持つインパクトもおいおい生徒達に伝えていければいいな・・・と。

因みに上記のスピーチ英文は受験英語指導とも絡めて教えられる箇所が満載ですので、中3〜高校クラスではいつか教材に使おうかなと目論見中です(^^)。


進路指導

一時期マイケル・サンデルの「これからの正義の話をしよう」がマスコミで取り上げられた時期がありましたが、コミュニタリアニズムを標榜するサンデル教授が学生に問いかける質問はどれもこれも1つの絶対的な「正解」が存在するものではなく、それが故に、学生はその問いに対する自身の答えを出す際に色々な点において逡巡することとなり、最終的には自分のアイデンティティや価値観とも向き合わざるをえないことにもなるわけで、そういう意味でも非常に知的関心を刺激する内容であったわけです。

そこまで大げさなものではないにしても、私の職業柄、毎年考えさせられる機会が多かったのが受験生の進路指導であるわけです。当たり前の話なのですが、進路指導においてはどの生徒にも当てはまる絶対的な正解は存在しないというのが私の思う所であるわけです。それは一教師としての自身の価値観とは別に、サービス業に従事する人間として、極力生徒・保護者の方の望む形を実現させたいと思うからかもしれません。

生徒たちが受験学年になり、彼ら・彼女らの進路指導に当たる際には常に2つのモノの見方の間を揺れるわけであります。

それはすなわち

「受験はオリンピックではないので、参加することに意味があるのではなく、受からないと意味が無い」という視点

「受験は人生の最終ゴールではないので、受かる・受からないではなく、悔いのない受験をすることに意味がある」という視点

の2つであります。

これはどちらが正解でどちらが不正解というわけではありません。なぜなら、前者の考え方をする生徒、あるいは保護者の方にとっては、前者の内容を前提とした進路指導をすべきであり、後者の考え方をする生徒、あるいは保護者の方にとっては、その前提に立った進路指導をすべきだからです。つまり、これは個々のご家庭や受験生の価値観と密接に関わっている部分であるわけです。

で・・・ここからはあまり大きな声では言えませんが、指導をする側の立場となると、えてして、この上記の視点のうち、片方に偏りがちになる傾向が強いのではないかと個人的には思うわけです。もちろん、その偏りがちな視点が受験生・保護者の方と一致していれば何ら問題はないわけなのですが、ここに不一致が生じると、双方において大きなストレスが発生しがちになります。

個人的には、昔、最終進路面談の席で、受験生のお母さんが、「成績が足りないことは十分承知ですが、本人はA高校だけを目指して今まで努力してきまして、そのがんばりは親も認めてるところです。A高校がダメならD高校に行く覚悟も決めていますので、A高校に出願させてもらえませんか?」と仰った際に、現状の学力からみた合格可能性も伝えた上で、それでも頑張る覚悟でいるのであれば、最後まで悔いの残らないように指導させて頂きますとお伝えしたところ、ホッと安堵されて口にされたのが、「もし不合格になることで塾にご迷惑をおかけするようであれば、今月末で退塾させてもらった方がよいのだろうか、と悩んでいたのですが、そう言って頂けて本当に良かったです」という内容でした。「不合格になることで塾にご迷惑をおかけするかも」というご心配までさせてしまっていたのかと、非常に複雑な気持ちにさせられたお言葉であったわけです。

もちろん、進路指導ではこの例の真逆をご要望されるケースも多々あります。従って、まずはそういうご家庭の方針や価値観をしっかりと共有することが進路指導のはじめの第一歩ではないかと思うわけです。その上で、生徒・保護者の方の望まれる形になるように持っていくのが我々の仕事なのだと、つくづく感じさせられる今日この頃であったりするわけです。


中学部の授業

今週から新年度の授業がスタートしております。

特に中学部の授業に関しては開校説明会でもご説明しましたが、文法解説や長文読解解説全てにおいて、生徒達は板書を写すという作業を基本的に一切しません。

この授業スタイルにしてみると、この「板書を写す」という時間&作業が実は意外に授業の中の結構な時間を奪っているということに気付くわけです。塵も積もれば・・・とは言いますが、この時間は塵どころではなく、かなりまとまった時間になります。

そして、このスタイルで授業を始めると、今まで、板書をしていた&写していた時間を全てリスニング・スピーキングの練習にあてがえますので、生徒からしてみると、ホッと一息つく暇が一切ない、ということに気付くわけです・・・。

とりわけ、中学生以降に英語のスピーキングの練習をされたことがある方はお分かりかと思いますが、英語で話そうとすると普段は使わない頭の筋肉を使うわけで、これが想像以上に疲れるわけです(疲れてくると、普段は普通に言えるフレーズが無茶苦茶な英語になったりして、そういう状況などもつぶさに観察していると結構面白いです)。

これは私自身も身をもって経験していることで、それ故、授業の合間合間に生徒に「大丈夫?」と確認を取りながら進めつつも、案外、生徒の方はしっかりと最後までくらいついてきてくれてたりするわけです。ただ、そうは言っても翌日聞いてみると、「帰ったら速攻で寝てしまいました・・・」という生徒もいたりで、やはり実際のところは結構な負荷が脳にかかっているというのがわかります。

小学部・中学部問わず、入試以外に英検受験や短期留学といった目標を持っている生徒もいて、塾の課題以外に英検対策もやってほしいというリクエストも早くも出ており、そのバイタリティには頭の下がる思いです。


今日のワンポイント英会話【Like father, like son】

皆さん、こんにちは。Rome was not built in a day.「英語学習の道も一日にしてならず」です。

今日のワンポイント英会話は

Like father, like son.

というフレーズです。というか今回のフレーズは諺の一つですね。

fatherにもsonにも冠詞がついていません。この場合のlikeは動詞ではなく(よって「父を好きになれ、息子を好きになれ」という意味では決してありません・・・)前置詞のlikeですので、「好き」ではなく「〜のような・〜のように」という意味になります。

ですので、Like father, like son.を直訳すると「父のように、息子のように」という感じになるのですが、大体何となく言いたいことってわかりますかね?

そう言えば、以前見たTEDで、イスラム過激派のテロリストを父に持つ息子がプレゼンをしていたのですが、その中で、その息子がこのフレーズを使っていました。

その時、彼が話している文脈だと「血は争えない」みたいなニュアンスになると思います。

そして、実はこのフレーズ、女性版もあるわけです。

もう予想はつくと思いますが、女性版だと

Like mother, like daughter.

となります。

"Helena is a very career-oriented woman."
「ヘレナってキャリアウーマンだよね」

"Like mother, like daughter. Her mom also runs 3 hotels."
「血は争えないよね。彼女のお母さんもホテルを3つ経営してるし」


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